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基本的に時事ネタ、たまに趣味のフライフィッシングや自転車ネタで綴ります

関東大震災の対応に学ぶ震災対応

ちょっと連チャンになりますが、記事が溜まってしょうがないので・・・

本題ですが

【今日の気になった記事】
損失額数十兆円と推計されている東日本大震災がありました。しかし我が国は、その何倍もの被害をもたらすことが危惧される「東海・南海・東南海地震」や「首都直下型地震」の危機にも直面しています。
それらが30年以内に発生する確率は、前者が50~87%,後者が70%で、かつ、その確率は今回の大地震によって高くなっているとも言われています。
そしてあろうことか「富士山の噴火」の危機も迫って来ているのです。

この前、首相は東海地震発生確立が87%だから浜岡原発停止要請した。
そうであるならば、東日本大震災前で70%だった「首都直下型地震」への対策は?
ましてや今回の震災の影響で発生確率も上がるとの話も聞きます。
早急に首都移転はしないのかな?
首都機能分散化とか!
<今日のニュース>
「宮城県は、震災からの県の復興計画案で、東北地方への首都機能移転を国に求めていく方針を固めた。」
災害に強い街づくりをやるから、宮城に移転しろって事らしい。


と言うことで。
関東大震災の対応に学びましょうよ。
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」です。

1923年9月1日。日本史上最悪の被害をもたらした、関東大震災が発生した。東京都、神奈川県を中心に、死者・行方不明者は10万人を超え、首都の金融システムも麻痺状態に陥った。金融システムが機能しなくなってしまったため、決済などが不可能になり、日本経済全体も大混乱に陥ってしまったのである。

この時、政府が用意しようとした予算は40億円(「関東大震災発生後における政策的対応」国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 709[2011.4.28.]より。以下同)。当時の一般会計予算(約15億円)の2.7倍に相当する。現在の日本に置き換えると、250兆円ほどであろうか。
 その後、震災からわずか4週間後の9月27日には、帝都復興院が設置され、後藤新平が総裁の座に就いた。後藤新平が起案した復興根本策を基に、帝都復興計画が提案され、予算が確保された。当初、後藤が確保しようとした予算は先述の通り40億円だが、あまりにも巨額であるため議会の賛成を得られず、当時の政府が緊縮財政路線を採っていたこともあり、最終的には6億円となった。それにしても、国家予算の3分の1強の規模である。

ほらほら最終的に国家予算の3分の1強ですってよ。
今の予算で100兆円弱だから、3分の1強だと35兆円になるかな。
今回の東北の震災で20兆円とも試算されている損害額なので、復興とデフレギャップ埋める事ができる額ですね。
今、首都直下型が来ると、35兆円では済まないでしょう。

話を戻します。

当時の日本は第一次世界大戦後の不況に苦しみ、国内で多額の国債を消化することは困難であった。そのため、財源は海外向け国債を欧米諸国に販売しようとした。
金利は日露戦争時を上回る8%であった。

つまり、今の日本国債金利1.3%程度と考えると、8%とは、破綻寸前のギリシャとまではいかないが、同じく破綻数前のアイルランドを若干下回る程度。

また、当時の日本は日露戦争時の国債の償還期限も迎えていた。

要は破綻寸前の状況下での国債発行な訳だ!

ではなぜ、関東大震災後の当時の政府は、現在と比べると極端に厳しい環境にありながら、震災復興の財源を国債に求めたのだろうか。
何しろ、国債金利が8%で、しかも消化を外国に頼らなければならない状況下でだ。(対外債務)
ちょうど、2010年5月の破綻前のギリシャと同じような状況でしょ。

こっからがポイント!

当時の内閣が震災復興の財源を確保するために国債を発行した理由は、非常に明快だ。
それが「当たり前」だからである。

そうです当たり前なんです。

ところがだ!
その後、どうなったかって言うと・・・6年後です。
昭和金融恐慌が収束し、物価はプラス方向に向かい始めたのだが、1929年10月のウォール街株式大暴落に端を発した世界大恐慌が始まり、日本経済は再びデフレの谷底へと落ち込んでしまう。しかも、時の濱口内閣が金本位制復帰を目指し、またもや緊縮財政や産業合理化に突き進んでいたことが、日本のデフレ深刻化に拍車をかけた。すなわち「昭和恐慌」の始まりだ。

ほらまた、景気回復し切ってないのに緊縮財政、産業合理化ですってよ。
当然、緊縮財政だからGDPは下降線
産業合理化で供給能力向上、いい事なんですが、デフレ下で供給サイドを上げたら需要サイドとの乖離が大きくなるじゃない。
よってデフレ深刻化になる訳だ。
かつて、橋本政権時代も阪神淡路大震災の復興で財政支出が拡大し、物価がちょっとだけプラス方向に向かった途端、増税、緊縮財政に走り、デフレを深刻化した。
そのままデフレ継続中ですが・・・

話を戻しますね。

そこで登場するのが高橋是清です。(以前の投稿にも書きました)
高橋是清が再登板し、日銀の国債引き受けや政府支出拡大などのリフレーション政策を実施した。結果、日本は世界が羨むほどの速さで恐慌から脱することができたのである。

だから~、今は国内の過剰貯蓄(融資先の無い金)を活用して、普通に建設国債として発行すればいいじゃん。
今の政権は余計な事をやりすぎるからいけない。
(余計な事とは、TPPとか増税、バラマキ、人権侵害救済法案、外国人参政権などなど)
だまって普通の事やってれば支持率も上がるのにね。

 問題なのは、復興増税を主張する政治家や評論家などが、
「日銀の国債引き受けは法的に禁止されている」
「日銀が国債を引き受けると『歴史的に』インフレを制御できなくなる」
などの虚偽情報を流していることだ。
財政法第5条は「特別な事由」がある場合の日銀引き受けについて、国会の決議の枠内において認めている。

「枠内において」ですよ。「枠内」!
闇雲に引き受けろではない。
「『歴史的に』インフレを制御できなくなる」
これは、当時、是清が確保した財源で軍事費に充て、その後のインフレ抑止のため軍事費削減により、226事件へ発展した。その後は軍事費を削減できなくなったため日中戦争へどっぷり浸かって行った。
当然、戦争はインフレを引き起こすので、これを抑止できなくなったためでしょう。
なので日銀の国債引き受けによりインフレを制御できなくなったんではないですよね。
武器弾薬で需要のみが拡大していくんだからインフレになるよね。
政府支出が軍事費に流れ続けるんだから。
製造する人も戦争に行ってしまえば供給に回る人も不足して供給できなくなるじゃない。
軍事費拡大による需給バランスの崩壊がインフレ率を高騰させた。

話を現代に持って行きます。
橋本政権は阪神淡路大震災の復興後に増税、緊縮に走ったが、現政権はと言うと。
復興前から、既に「増税」路線まっしぐら
デフレ促進策ですよ。

関東大震災後の日本政府でさえ、震災被災者の生活を支援するために「減税」を実施したんですよ。
首都直撃の震災においてですよ。

財務省はよほどデフレを好むようです。
償還時の金利が上がると返済する金が増えて、自分の予算が減るからですね。
財務省は国民の事ではなく財務省の事を考えているんですかね。
ま~、これはコレで官僚にしてみれば正しいかもしれません。
悪いのは、決断する政治家ですよ。
政治主導、脱官僚だか知らんがね。


いやはや、先人達の「まとも」な事と言ったらないね。
ま~戦争へ邁進したのは別としてもね。(時代が時代だから、そうさせたのは仕方が無い)
それでも、経済政策としては本当に「ま・と・も」
大災害発生時において、すぐさま増税した政府など、世界広しと言えどもございません。
現政権が世界初になるのではないかな。
経済史に名を残そうとしたか?(笑)
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by thkflyfisher | 2011-05-25 22:34 | 時事ネタ | Comments(0)